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【感想】心の音、感性の音。真島こころピアノ即興新曲「夢から覚めるために」を聴いて

2016-05-07

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即興ピアノプレーヤー、真島こころさんの新曲「夢から覚めるために」が昨日公開されました。

夢から覚めるために (三部作) « 君の音。 | ピアノプレイヤー 真島こころ公式ウェブサイト

こころさんとは以前、ピアノアルバム「雪の鳴る街へ」にて特設サイトのデザインを担当させていただいたほか、新作アルバム「少女の海から」のサイト制作でも少しだけ関わらせていただいています。
お仕事のみにとどまらず、私自身が日々こころさんの音楽を聴いている一ファンであり、またTwitterやInstagramでも仲良くしていただいたりと、多方面でお世話になっているアーティストさんです。

日頃から多数の即興ピアノ楽曲を生み出し、発表しているこころさん。
ことに、今回の新曲はとりわけ琴線に触れたため、思わずこうして書き綴っている次第です。

あまり語るのは野暮…というよりも、芸術の前における言葉の無力さをまざまざと思い知る、そんなアーティストさんなので、まずはぜひ聞いてみていただきたいです。
その後、記事の続きをお読みいただければ嬉しいです。

夢から覚めるために (三部作) « 君の音。 | ピアノプレイヤー 真島こころ公式ウェブサイト

 

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こころさんの作品の素晴らしさのひとつに「純度百パーセントの感性の表現」があると、個人的に思っています。
彼女の心が清らかだとか作風がピュアだとか、もちろんそれも魅力ではありますが、そういう平たい意味ではなく。
理性の対義語としての感性、これがこの上なくストレートに、鮮やかに表現されているのです。

(理性の対義語としての感性については、こちらの記事もご参照ください。感覚の海とクリエイティブの話

私事になりますが、これは私が大学生、社会人と大人になるにつれ、そのときどきの環境で生き延びるために、気付かないうちに捨ててしまったものです。
捨ててしまったというより、感じなくしてしまったという方が正しいかもしれません。

なぜそんなことをしたかといえば、いわゆる普通の大人の社会ではもっぱら理性が尊重され、他者と正確に共有できない感性は蔑ろにされているからです。
研究、論文、ビジネス、対人コミュニケーション、情報、金銭。
言葉によって明確に理解し、正確に相手に伝え、合理的に行動することが求められ、即物的な価値が偏重される。
おそらく、皆さまにもおわかりいただけるのではないでしょうか。

そうした世の中に懸命に適応していくうちに、非合理的で、曖昧で、直観的で、言葉と相容れない感性が失われていくのです。

こころさんのピアノは、その感性をこれでもかとダイレクトに音にのせ、聴く人の心にまっすぐに届けてくれます。
曲に添える詩ですら、言葉を使っているにもかかわらず、感性を純度高く鮮やかに表現しています。
理屈も、解釈も、合理性も、論理性もない。
言葉にならない感覚や感情を、そのまま奏でてくれるのです。

「夢から覚めるために」は、こころさんが旅の中で出会った気持ちや思い出を振り返り、その想いをそっと音にしまいこんだ曲です。

聴きながら、この感覚には身に覚えがある、知っている、と思いました。
最初はこれまでの数々の旅行の記憶、そしていつしか、今までの人生のあらゆる場面が走馬燈のように心に浮かびました。
ああ、昔、私が世界やものごとを見つめるとき、こんなふうにとらえていたじゃないかと。
大学以降、感性を忘れていった日々のことも、今、失う前の感覚に立ち返り、走馬燈のように眺めて感じ直しているんだと。
失われた日々がこの手に帰ってきたようで、泣きました。

 

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以上、真島こころさんの新曲「夢から覚めるために」の感想でした。
これを機に、こころさんの音に触れる方が増えたら嬉しいなと思います。

最後に、こころさん、こんな素敵な曲を届けてくださりありがとうございます。
これからも末永く応援しております。

君の音。 | ピアノプレイヤー 真島こころ公式ウェブサイト