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manakaweblog ―フリーランスWebデザイナー・創作家 真中ユエのブログ―

素晴らしい人々がよってたかって自分をタコ殴りにしてくるという奇妙な幻想

2016-05-12

うつになるとどういう思考になるのか、なったことのない方の参考になれば、また今まさに苦しんでいる人が少しでも楽になればという思いで、ひとつの例を書いてみようと思います。なお、ここに書いてあるのは私個人の感じ方、考え方であり、必ずしも一般化できるものではないことをあらかじめご了承ください。

今回ご紹介するのは「素晴らしい人たちがよってたかって自分をタコ殴りにしてくるように感じる」という思考です。

突然ですが、あなたの身の回りには尊敬している人がいますか。私はたくさんいます。知人も友人もSNS繋がりも、素敵な人や素晴らしい人ばかり集まっています。それは、私が意図的にそういう人だけと付き合うようにしているからです。敬意を持てない人との付き合いは総じて歪みます。不毛なストレスを引き起こし、互いのためにならず、やがて破綻します。これまでの人生で身をもって学んだことです。

心から繋がりたい人を集めて作り上げた人間関係は、心地よく、気兼ねなく、プラスの刺激に溢れています。もちろん人間同士のことですから、問題や不愉快はどうしてもつきものです。しかしそれも、自ら望んで積極的に繋がっている人だからこそ、気を逆立てずおおらかに対応したり、許したりすることができます。

しかしうつのときには、この穏やかな状況が一変します。身の回りの人たちの楽しげな様子、素晴らしい活動、素敵な作品、有益な情報。これらが無慈悲な暴力に変換されてしまいます。

たとえば、冗談を言って笑いあっている様子が「人と楽しくコミュニケーションもせずに一人鬱々と悩み続けるお前は馬鹿だ」、仕事などで活躍している姿が「努力もせずにくよくよしているお前は愚の骨頂だ」、すごいとしか言い様のない素敵な作品が「お前が鬱々と立ち止まっているうちに誰もがお前を追い抜いていくんだ」、○○するとよいというアドバイスが「それを知ってなお実践できないお前はクズだ」などと変換されていきます。

これらが他人からの暴力ではなく自分自身の手による暴力であること、自分を責めるための妄想だと言うことは、うつの最中でも理解しています。そうして自分を責めるのは、親の期待に応えねばという子どもの頃の生存戦略の名残であること、それが大人になった今となっては不要であることも理解しています。

だから「ああまた始まった…よせよせ、そんなことせんでも大丈夫だから」と理性でなだめにかかるのですが、そう上手くもいきません。頭では妄想だと理解しているのに、辛いと感じ始めてしまった心の方が止まらなくなるのです。そんなことはない、そんなことはないと言い聞かせても、またそれが事実であっても、心にはまったく届きません。

遂には、心の方が理性を歪めていってしまいます。「そんなことはない…はず」「そんなことはない…のか?」「実はそうなのかもしれない…単にものの見方の問題だ…」「どうであれ、今の自分がひどい状態なのは確かだ…」という風に、確かにもっともだけれど何のためにもならないうつ思考ができあがります。

このように、心のネガティブな暴走を理性でまったくコントロールできなくなるのがうつです。私自身いまだ解決できていないことなので、有効な対処法とか、有益な情報は残念ながらご提供できません。ですが、この実例がなんらかの参考になったり、「ああわかる、わかるわ…」と同じような状況の人の心を和らげたりできたら、とても幸いです。