恩を返すのではなく、回していく。

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手のひらの中の白いハート

そんなことを考えたきっかけが、こちらの記事でした。

ほしい物リスト掲載後に即全部届いて、こんなぼくでも生きて良いんですかと号泣。 : pskのblog

誇張でもなんでもない実体験です。
心のこもった贈り物とか、ただ一方的に与えられる善意って、本当に破壊力すごいんですよね。
胸がいっぱいになってしまう。

具体的なモノに限らず、態度でも、行動でも、なんでも。
ときどき思い出したように、無数の善意に支えられて生きていることを実感します。
愛、もしくは恩と言い換えてもいいかもしれません。

そういう恩って、返そうと思って返せるものじゃない気がするんです。
とてもじゃないけど返しきれない。
自分一人の力では到底返しきれない量の恩を、日々この身に受けながら生きている、そういう風に感じます。

これを等価交換的な貸し借りで考えてしまうと、心苦しくてたまりません。
一生かかっても返しきれない、膨大な借金を背負っているような感覚です。
「ありがとう!」と感じたあとに「返さなきゃ」と思い始め、負担が重くて、苦しくて、すぐには返せそうになくて、長引いて…
いつしか感謝の気持ちが「申し訳ない」「受け取らなきゃよかった」に変わってしまいます。

それって、善意を与えてくれた人の本意じゃないですよね。
苦しめるためにあげたわけじゃないよ!と思うはず。
少なくとも私はそう思います。
ビジネスじゃないんだから、お返しなんていらない。
自分がしたいからそうしただけで、あなたに恩を売りつけたわけじゃない、と。

そんなことを考えたとき、ふと、坂爪圭吾さんのこの言葉を思い出しました。

多分、恩は返すものではなく「次のひとにまわしていくもの」だと思う。

21世紀は「売る・買う」の関係性から「あげる・もらう」関係性の時代になる。 – いばや通信

ああもう、まさにこれだ!と感じました。

善意を受け取った分だけ、人は心に余裕ができ、優しくなれる。
そうしたら、他の誰かに手をさしのべられるようになる。
その誰かが、また他の誰かに手をさしのべていく…

恩を返すのではなく、次の誰かに回していく。
この発想があると、今までよりもほんの少し、人とのつながりが穏やかになるのではないでしょうか。